大判例

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仙台高等裁判所 昭和61年(ネ)142号 判決

控訴人

相沢キヨ子

右訴訟代理人弁護士

八嶋淳一郎

手島道夫

被控訴人

斉藤登

右訴訟代理人弁護士

犬飼健郎

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

一  控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人は控訴人に対し、原判決の別紙物件目録記載(一二)の建物のうち、同別紙図面記載カネナヲカの各点を順次直線で結んだ範囲の土地上にある部分を収去し、同土地を明け渡せ。被控訴人の反訴請求を棄却する。訴訟費用は、第一、二審とも、本訴・反訴を通じて被控訴人の負担とする。」との判決並びに建物収去、土地明渡の部分について仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は主文同旨の判決を求めた。

二  当事者双方の主張及び証拠の関係は、控訴人において、次のとおり当審における補足主張を追加し、当審における証拠関係が当審記録中の証拠目録のとおりであるほかは、原判決の事実摘示(ただし、原判決四枚目表九行目から同裏一行目までの記載全部を「(三)水沢市は昭和四〇年五月一五日従前地たる(二)土地について先に仮換地の指定がなされていた一三号画地一五番地に該当する(七)土地のほか(二)の土地を、従前地たる(三)土地について先に仮換地の指定がなされていた一三号画地五番土地に該当する(八)土地を、従前地たる(五)土地について先に仮換地の指定がなされていた一三号画地一四番土地に該当する(六)土地を、それぞれ換地する処分をし、この処分は同年六月一日、その効力が生じた。」に改める。)のとおりであるから、ここにこれを引用する。

三  控訴人の補足主張

1  仮換地と異なる換地処分の本件売買に与える影響について

(一)  被控訴人主張の本件売買が成立した昭和三五年一二月二八日当時(二)土地は一三号画地一五番土地(換地後の(七)、(九)、(一〇)土地とほぼ同位置)に、(五)土地は一三号画地一四番(換地後の(六)土地((分筆されて袋町八六番一・二となる。))とほぼ同位置)に、それぞれ仮換地されていたので、右(二)及び(五)土地について仮換地と同じ場所に換地がなされるであろうとの前提のもとに、本件売買契約書(甲第一四号証)添附見取図記載のとおりの売買対象地(それは原判決添附別紙図面トタレソネナヲリトの各点を順次直線で結んだ範囲内の部分に当る。)を図面により特定して本件売買契約が締結された。

しかるに、昭和四〇年六月一日、予期に反して、(二)土地について(七)及び(二)土地が換地されるとともに、これに換地されるべきものと予想していた(九)及び(一〇)土地が(三)土地の換地(もつとも、当時は分筆前の(八)土地)に指定されたため、これが、右売買対象地に割り込む形となつた。なお、(五)土地については予期のとおり(六)土地(のちに分筆されて袋町八六番一・二となつた。)が換地された。

(二)  本件訴訟において所有権の帰属について紛争になつている本件係争地(原判決添附図面カネナヲカ線内の部分、現地を指す。)は、本件売買契約の当時は従前地たる(二)土地の仮換地である一三号画地一五番土地の一部に属していたが、換地処分により(三)土地の換地の一部となつたので、(二)土地の換地には属しないこととなつた。

したがつて、被控訴人が本件売買契約により控訴人から買い受けた土地は、従前地の(二)土地の一部ないしその仮換地である一三号画地一五番土地の一部に属していた本件係争地であつたから、その後の換地処分により本件係争地が売買対象の地番に入つていない従前地の(三)土地(これには仮換地の指定もれにより指定がなされなかつた。)の換地の一部になつた以上は、被控訴人は本件係争地について売買に基づく何らの権利も主張しえなくなることは明らかである。

ところで、水沢市は、訴外千葉仁平に対し、仮換地の指定もれになつた(三)土地の代替地として真城字肥後起または字小山崎地内において同坪数の土地を引き渡すことを無条件で約束していたにも拘らず(甲第一三号証)、この約束を履行せず、(三)土地について(八)土地(のちに(九)、(一〇)土地に分筆)を換地するとともに、(二)土地について、(七)及び(八)土地を換地すべきものを、(七)及び(二)土地を換地するに至つた。

したがつて、被控訴人は控訴人から(二)土地ないしその仮換地である一三号画地一五番土地の一部に当る本件係争地を買い受けたものであるから、(二)土地の換地である(七)及び(二)土地に共有持分権(仮換地全体に対する買受土地の割合による。)を有するものであり、(三)土地の換地の一部となつた本件係争地、したがつて、(一〇)土地の上には何らの権利をも有するものではない。

2  被控訴人の時効取得の主張について

(一)  被控訴人は、予備的に、本件売買契約成立の日から一〇年間、所有の意思をもつて、平穏公然に本件係争地を占有し、その占有の始め善意無過失であつたとして本件係争地の時効取得を主張している。

(二)  しかし、本件係争地は、本件売買契約の当時従前地たる(二)土地の仮換地である一三号画地一五番土地の一部に属していたのが、昭和四〇年六月一日換地処分により従前地たる(三)土地の換地の一部に属するに至つたのであるから、換地処分の前後の占有期間を通算して取得時効の期間を定めることはできない。

また、被控訴人は、換地処分により本件係争地が、訴外千葉の所有である(三)土地の換地となつたことを知り又は知り得たものであるから、善意無過失の占有とはいえず、本件係争地について一〇年の取得時効は成立しない。

理由

一当裁判所は、控訴人の本訴請求を失当として棄却し、被控訴人の反訴請求を正当として認容すべきものと判断するのであるが、その理由は次のとおりである。

1  本訴請求原因1ないし5の事実(本件係争地((原判決添附別紙図面記載カネナヲカ線内の部分))が換地後の(一〇)土地に該当するところ、これは(八)土地から分筆された一部であり、控訴人が外三名と共に訴外千葉仁平から贈与されて四人の共有となつたものを、のちに右三名の者が共有持分権を放棄した結果昭和四五年九月一〇日、控訴人の単独所有に帰したものであること、被控訴人が本件係争地上に(一二)建物の一部を所有するとともに、同土地を占有していること)は当事者間に争いがない。

2  そこで、被控訴人の抗弁について検討する。

本件係争地の土地区画整理事業に基づく仮換地の区画番号と、仮換地に対応する従前地の地番について争いがあるものの、控訴人と被控訴人との間において、昭和三五年一二月二八日、当時、土地区画整理事業法に基づく仮換地であつた本件係争地(本件売買対象地の全体は本件係争地を含む原判決の別紙図面記載のトタレソネナヲリト線内の部分である。)について、その現地を特定のうえ、控訴人から被控訴人に売り渡す本件売買契約が締結されたこと、本件売買対象地中、本件係争地以外の部分は、のちに、控訴人所有の従前地たる(二)及び(五)土地に対する換地の一部((七)、(二)、(六)土地)に指定されたことは当事者間に争いがなく、〈証拠〉によれば、次の事実が認められる。

すなわち、被控訴人は昭和三五年頃食品販売店のための店舗地を物色し、同年一一月広い道路に面した本件売買対象地を適地とし、控訴人に対し食品販売用の店舗を建てて小売業を営むという利用目的、方法を明らかにして右角地のうち東西に六・五間幅の土地の売却方を申し込み控訴人は、右趣旨を了解し結局、控訴人・被控訴人間に同年一二月ころ、控訴人の内縁の夫である訴外千葉仁平立会の下に現地で前記角地のうち東西方向に間口六・五間、奥行一三間の区画を特定し、同土地即ち本件売買対象地を売買の目的と確定し、これに基づき代金額を二四五万円と約したうえ、売買契約(以下本件売買という。)を締結した。同契約には、訴外千葉仁平も売主の保証人として立会し、売買契約書の本文及び売買不動産の表示部分を書き、残りの添付見取略図は控訴人が書いたが、右添付見取略図には、本件売買対象地の位置、範囲が右現地で特定したとおり記載されている。そして被控訴人は、昭和三六年五月、本件売買対象地のうち西側部分及び南西部分の一部を除いたその余の敷地一杯に一部二階建の店舗兼居宅(一階の床面積三六・五一坪)及び倉庫(床面積一〇・九〇坪)を建築し右店舗兼居宅の一部と倉庫全部は本件係争地上に建てられた。被控訴人は、その後も、昭和四〇年九月に右倉庫を、昭和四一年八月に右店舗兼居宅をそれぞれ増築し、本件係争地を占有使用してきた。

以上の諸事実が認められ、右認定に反する部分の控訴人本人の供述(第一回)はにわかに信用しがたい。

なお、本件売買において売買契約書(甲第一四号証)での目的不動産の表示は正確を欠くものがあるけれども、前記認定のとおり、売買の当事者間で現地で目的土地を特定して売買契約を締結したものであるからこの点の不正確をとくに云々する必要はない。

右事実によれば、本件売買対象地の内本件係争地以外の部分は本件売買契約に基づく効果として買主たる被控訴人の所有となつたものということができる。ところで本件係争地は訴外千葉仁平所有の従前地たる(三)土地の換地の一部((八)土地を分筆した一部である(一〇)土地)に指定されて同人の所有となつたことが弁論の全趣旨によりこれを認めることができるところ本件係争地は、換地処分により右訴外人の所有となつたのち、贈与により控訴人外三名の共有となり、さらに、共有者の持分権の放棄により控訴人の単独所有となつたことは前述のとおりである。

前記事実関係によれば、特別の合意その他特段の事情の認められない本件売買契約においては、契約の当時仮換地であつた現地を特定して代金額を定めてこれを売買の対象としたもので、換地後においては売買対象の現地の所有権を買主に取得させるべきことを目的として売買がなされたものであると認めるのが相当であるから、売主たる控訴人は、売買対象土地の一部である本件係争地が換地処分により第三者たる訴外千葉仁平に換地され、同人の所有となつたのに伴い、他人の物を売主と同様に、その所有権を取得して買主たる被控訴人に移転すべき契約上の義務を負うものであり、本件係争地が後に控訴人の単独所有となり、即時に買主に対する所有権の移転をすることが可能となつたことにより、同時に本件売買契約の効果として、本件係争地の所有権が被控訴人に移転したものと認めるのが相当である。

控訴人は、本件係争地の売買は、(二)土地の換地の一部としての土地の売買であることを根拠として、被控訴人が売買契約により、取得しうるものは、(二)土地の換地である(七)及び(二)土地についての共有持分権のみであり、換地処分により(三)土地の換地の一部となり、(二)土地ないしその仮換地との関連性のなくなつた本件係争地について、控訴人が契約上の何らの権利をも取得しえない、と主張するけれども、仮換地の現地を特定して売買する場合には、当事者の意思は、特段の事情のないかぎり究極的にはその現地の所有権を買主に取得させることを目的としてなされるものであり、その引渡もその現地についてなされる(本件売買契約においても、売買対象たる仮換地たる現地―本件係争地を含む―の引渡がなされ、被控訴人がその地上に(一二)建物を建築所有していることは先に説示したとおりである。)ものであるから、前記説示のとおりに解するのが正当である。なるほど、売買契約において意図した如上の目的が満足に実現されるまでの過渡的な仮換地の段階においては、法的性質として売買対象の仮換地に対応する従前地の所有権ないし共有持分権の売買と解釈すべきことは否定しえないけれども、これも仮換地自体に所有権、共有持分権などを肯定することができないためであつて、一般的に契約成立時の仮換地に対応する従前地の所有権または共有権の取得を固定化すべきものと解すべきではない。もし固定化すべきものとすれば、仮換地の処分がのちに変更処分されたときにも、他の権利者が新たに目的土地たる現地の仮換地の権利関係に加わらないときにも、常に売買対象となる仮換地に変動を生ずることになり、現地を特定した仮換地についての売買に、不当な結果を招来することになり、妥当でない。このことは、仮換地と換地処分との関係においても同様に解すべきである。したがつて、現地を取得することを目的とする仮換地の売買において、売買契約時に特定した現地(仮換地)に対して、他の従前地について換地処分がなされたからといつて、究極的にその売買契約において意図した目的が満足に実現できる状況、すなわち、売買対象たる現地の所有権を即時に買主に移転することができる状態となつたのに拘らず、買主がその所有権を取得しえず、売買契約時の仮換地に対応する従前地又はその換地の所有権ないし共有持分権しか取得し得ないと解することは、契約当事者の全く意図しない結果を齎すものであつて、不当な見解であり賛同することはできない。

控訴人の主張は採用できない。

3  してみると、他の点について判断するまでもなく、本件係争地は、本件売買契約により被控訴人の所有となつたものであるから、これが控訴人の所有であることを前提とする建物収去及び本件係争地の明渡を求める本訴請求は理由がなく棄却を免れないし、また本件係争地に該当する(一〇)土地についての本件売買に基づく被控訴人への所有権移転登記手続を求める被控訴人の反訴請求は理由があり認容すべきである。

二よつて、以上の結論と同旨の原判決は正当であり、本件控訴は理由がないので、民事訴訟法三八四条一項に従いこれを棄却し、控訴費用の負担につき同法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官奈良次郎 裁判官伊藤豊治 裁判官石井彦壽)

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